2010年5月26日

日本辺境論 内田樹 10冊目

日本人とは何かについては、さまざまな本が出ている。私もおそらく50冊近くは読んだと思う。他の外国を見てみると、あまりその国とは何かという本が出て いなく、なぜこのように日本人はとりわけ自国について説明を求めるのだろうかと非常に不思議に思っていた。その疑問に答えてくれたのが「日本辺境論」とい う本で、なかなか示唆に富むことが多く書かれていた。

彼は、自分の主張に関して梅棹忠夫の言葉を借りて以下のように述べている。

「日 本人にも自尊心はあるけれど、その反面、ある種の文化的劣等感が常に付きまとっている。それは現に、保有している文化水準の客観的な評価とは無関係に、な んとなく国民全体の心理を支配している、一種の影のようなものだ。本当の文化は、どこかほかのところで作られるものであって、自分のところのは、なんとな く劣っているという意識である。
おそらく、これははじめから自分自身を中心にして一つの文明を展開することのできた民族と、その一大文明の辺境諸民族の一つとしてスタートした民族のちがいであろうと思う」

そして、その例として、アメリカ人の国民的性格はその建国の時に、建国の精神があったこと。そしてアメリカ人がうまくいかなくなったときに原点に戻ればよい、つまり「私たちはそもそも何のためにこの国を作ったのか」を知ることが出来るように国づくりをしているのだ。

しかし、日本ではそのようには出来ていない。国家的危機に陥った時に、そもそも何のために国を作ったのかということは考えることがないのだ。そもそもそういった原点に戻るといったことがないところに特徴があるのだ。

このように、立ち返る原点がないために、日本人は何を考えたかというと、

他国との比較を語ることで、自分の国の理念を語ることにしたのである。

たとえて言うならば、

「よその国はこうこうであるが、わが国はこうこうである。だからわが国のありようはよその国を基準にして正さなければならない」

という文面になる。

そう考えると、私自身今まで、謎だった、

なぜ日本人は日本の文化が好きなのか?
第二次大戦の日本と今の日本は違うといった歴史認識を持つのか?
比較するので、自分が遅れているという発想が出てくる場合には、積極的に外から学ぶ姿勢をもつようになる。

など、いろいろな日本の文化の謎が解けてきて、すがすがしい気分になる。

養老孟司氏は「これ以降、私たちの日本人論は本書抜きでは語れないだろう」と書いたが、私も同感で、日本文化を考える際、この本の内容を思い出しながら、考えていきたいと思う。

日本辺境論 (新潮新書)/内田 樹

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