2010年6月2日

美しき日本の残像 アレックス・カー 16冊目

書道や茶道など最近日本の文化についてじかに触れる機会が多い。アレックスカーの本について、以前司馬遼太郎氏の本を読んでいたころに名前を聞いたことがあった。しかし、著作をしることなく、今まで読んだことがなかったが、読書家の友人からの勧めで手に取ってみた。

日本に実際に在住し、日本について文化の側面や本人の経験から語った一冊で、非常に興味深いことが書かれていたが、とくに面白かった中国と日本の違いについて触れたいと思う。

著者は、エール大学で日本学を専攻、大学院のオクスフォード大学では中国学を専攻と日本と中国に対して造詣が深い。著者の言葉を借りると、

日本と中国は大きく違います。中国の場合、孔子、孟子をはじめ、哲学者と文人が高貴な思想を巧みに文章にして後世に残しました。一方、日本文化の歴史の中 に哲学者と、はっきりした「思想」を探しても、おどろくぐらい見当たらない国です。極論を言えば、日本は思想のない国です。

という。しかし、一方で

日本では文化のエッセンスは言葉として本には書かれてはいませんが、目に見えないところに日本の思想がやはりあったのです。伝統芸術に流れていたのです。 だから日本には孔子、孟子、朱熹はいませんでしたが、定家、世阿弥、利休などいました。彼らは日本の真の哲学者だったのです。

と、伝統芸術に目を向ける。

例えば、

日本ほど精密に洗練された伝統芸術は世界に類がないと思います。抹茶、煎茶、お能、仕舞、武道、香道、書道、日本舞踊、生け花、楽器、俳句、連歌、詩 吟・・・ きりがありません。それぞれの分野でもまたおびただしい数の流派に分けられ、日本の伝統芸術の規模を考えると気が遠くなるのです。

このように伝統芸術がしっかりと決められた国だとどうしても個々の個性は消えていってしまうように気がしてならない。例えば、アメリカの文化や他の国の文 化をみると、いかに他人と違う個性を見つけ出すかという観点でとらえるわけだし、手順の多さのものに触れると、僻々するのではないかと思う。

そうはいうものの私自身、最近、書道や茶道の奥深さに興味を持っている。一見無駄な作業をしているように見えて、そうではない。それは、物よりも心を大切 にする考え方を学べるからだと思う。そういえば、私の趣味のダイビング、ヨガも心を大切にすることを教えてくれている。そういった意味では、今の日本の文 化を発信していくのは、時代にマッチしている。

しかしながら、日本の文化は表現が不足して、内に閉じこもってしまう傾向が強いのがいまだ見上けられる。せっかくインターネットにより表現手段が多様になったことからどんどんこれから発信していくべきし、よさはどんどん伝えていくべき。

日本で生まれたことへの感謝とともに、この素晴らしい国については今後ともいろいろ触れて行きたいし、発信もしていきたい。

美しき日本の残像 (朝日文庫)/アレックス・カー

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