2012年4月4日

【E#28】自分探しと縁〜縁は選べるが、自分は見つかるのか?

自分探しという言葉がはやりだしたのはいつ頃だろうか?

私は、様々な経験をし、自分の内面、自分の中に答えがあるというようになってきてから、自分探しという言葉に対して違和感を持つようになってきた。

自分探しは、たいてい外に目を向く。例えば、一人旅、自己啓発書を含めた読書、他人から情報を仕入れる、テレビからの情報で動いてみるというかたちで。いわば、頭で考えて、なんでも自分で解決できるのではないか?と考えてしまっているのでしょう。

かつて自分自身もそうだった。世に貢献するためには、

「〇〇しなければならない」「〇〇のようにうごかなければならない」

と。

そういったものが、幻であることを感じるようになったのは、もちろん挫折というのもあったが、ダイビングやヨガ、書道などの趣味を持つようになってから。面白いのは、仕事から決して学べなかったことである。

内面に目を向けると、「自分」というのは、幻だということがわかる。親、仲間、教育、趣味、仕事など、外からの考えが混ざって自分というのを形成されていくわけだし、カラダの中でどの部分が自分なのか?考えてしまう。結局は、一人一人の人間は、人間関係(いわゆる縁)の中で生かされているように思えてくる。

自分探しから、自分の感じること、縁を含めて大事にし、今を生きる。これからも、こういった考えを自分は大切にして行きたいと思っている。