2012年4月11日

【J#24】クリエイティブの可能性(2)~被災からの復旧

今回、「クリエイティブの可能性、春合宿」は、

4月7日(金)、深夜、麻布十番駅のそばを出発して、4月8日(土)早朝、南三陸の被災状況の見学からスタートした。

津波の威力のすさまじさ、見ることで五感で感じるものは、やはり現場で見なければわからないもの。特にがれきの山は、未だに復興が進まない現実を感じさせるものだった。

復興っていったいなんなんだろうか?命の儚さを実感するのに、さほど時間がかからなかった。

そして、実際ボランティア活動としての瓦礫撤去作業。子供が通学する際に、瓦礫が残っていると、彼らの心に強い影響を及ぼすので、何とかしてほしいというガイドの声とともに作業を始めた。

ボランティアは、無理をしないこと、効率を考えず、こまめに休憩することも大事です。というブリーフィングを受け、それが良かったのか、マイペースでできた。

かつて人が住んでいた家の瓦礫撤去活動を約70人の人たちと、午後2時半まで、約4時間やったのだが、やってもやっても、次から次へと出てくる瓦礫。しかも、本当に昔、ここで生活していったのか?無残に粉々になっている現実。本当にやりきれない気持ちでいっぱいだった。最終的に、大きな瓦礫の山ができたが、

本当に自分自身、役に立っているのだろうか?

といったもどかしさだけが残った。

その後、陸前高田へ移動。岩手県陸前高田市の海岸沿いに約2キロにわたって6万本以上の松の木が防風林として植えれていて、名勝「高田松原」として名高い場所。今回の津波で、一本松を除くほぼ全てが流された。その現場を見学。

ここにかつて6万本の松があったのか?この世とは思えない、まるでマンガやアニメで見るような世界。言葉が出ず、唖然とした。

「永久不変なものはない」

と時間がたっていくという感覚しかなかった。

夜、流された松を集めてキャンプファイアとクリエイティブの可能性の合宿のサポートメンバーによる炊き出し。とん汁とご飯を頂き、雪が降る中、元陸前高田のボランティアセンター(ボラセン)の職員安田氏と高田松原を守る会の高田氏の話を伺うことができた。

陸前高田市のボラセンは東北でも有数のポスピタリティの高い施設。安田さんからは、どのようにしてボラセンを一から立ち上げたのか?どういった取り組みで行っているのか?を含めてたっぷりと話が聴けた。印象的だったのは、一貫したその姿勢。

震災後、49日までは、遺体収容と49日法要で外から支援を受け入れなかったこと。急がない、早口にならない、大声を上げない、という取り組みを大切にしたいこと。ボランティアに対して、上から目線で考えるのではなく、同士として、仲間として、ボランティアを受け入れるのだ、と考えていること。自分たちができることをまず考え、そこからボランティアを考える。長期的なスパンで物事を考えるなど、胸が熱くなる内容で心が動かされた。

ボランティア活動って、役立つことがあるのだろか?という印象が当初からあったが、結局は、

パッションが重要ということ、それが一貫性やリーダーシップにつながり、人を動かすのだ

と感じた。

続いて、高田松原を守る会の高田氏の話。もう現役を退いてもおかしくなくにもかかわらず、話にオーラを感じたのは私だけだろうか?松というのは生育するのに時間がかかるということがわかっているにもかかわらず、生き甲斐をもって取り組んでいる高田松原を守る会。

その取り組みに感動し、クリエイティブの可能性の参加メンバーの一人小林大地さんが行動を起こす。陸前高田行き来することで、最終的に高田松原を再生するために、(次の日行うことになる)松の苗木を植えるボランティア活動へとつながる。といったことを後で、間接的に伺った。そのことで、

真剣な思いは通じる。そのことで、周りに大きな変化を起こす

ということを強く感じた。

最後は宿泊先の一ノ関、厳美渓へ移動。温泉宿で対話で振り返り、ボランティアとは何か?を含めて話し合った。

この日は、津波災害を受けた、被災地の現状と瓦礫撤去の復旧活動で終始した一日。

ボランティアというのは、

自分で一人でするものではなく、マイペースで、周囲の協力を得ながら、自分がやりたいと思ってやるもの。その本気度、真剣な思いが、人々の心を動かし、復興へとつながっていく

と思う。リーダーシップとは何か?生き甲斐とはなにか?を含めて考えさせられることが多かった。