2014年12月27日

【W#81】ペルー(2)〜チチカカ湖とウロス島

ペルーのプーノ市に到着。国境を越えた経緯については本ブログで触れた(【旅コラムVol.80】参照)。プーノ市は人口150,000人の小さな街。標高3,800mのチチカカ湖に面しているため、ここからチチカカ湖を観光するのに絶好な位置にある。本ブログでも触れたが(【旅コラムVol.80】参照)チチカカ湖には40の島があり、ボリビアとペルーの国境付近にある。

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記念すべきクリスマス(2014年12月25日)時にプーノ市に滞在したのだが、クリスマスイブの深夜、約1時間にわたる花火が打ち上げられた。

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プーノのホテルからペルー版トゥクトゥクに乗り、港へ。カンボジア以来のトゥクトゥクでカンボジアの場合にはオートバイだったのに対して(【旅コラムVol.29】参照)、ペルーはなんと自転車だった。

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船に乗り込み、チチカカ湖の遊覧が始まった。チチカカ湖は淡水(0.9%の塩水)湖としては世界で最も標高の高い湖で、南米では二番目に大きい。まるで透明度の高い海の中を遊覧しているという印象だった。

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やがて、第一目的地の人口浮島(Floating island)に到着。

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人工的にできた浮島(浮島全体のことをウロス島という)で、水草を積み重ねて作り上げる。浮島を作ったウル族は、土台となる土壌を何本か太い糸で結び、その上に水草(トトラと呼ばれる)を何重も積み重ねていく。

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最終的に家や必要なものをその上に立てるのだが、1ヶ月に一度10-15cmのトトラを加えることで土台を修復していく。

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浮島自体は船でもあり、アンカーが8本海底についている。このため移動が簡単。今回訪れた浮島は作られてから18年になるんだそうだ。

歴史を紐解くと、スペインからの侵攻から逃れるためここに住み始めたといわれている。漁業を中心に自給自足の生活を送っており、ペルー政府への税金も支払っていないという。自給自足が可能なのは、水がきれいだからとのこと。考えてみれば、カンボジアやタイを訪れた際には、同じように川下りをしたが、水は本当に汚く濁っていた。チチカカ湖の方が水の透明度が高く、興味深いことに、ここには幼稚園が2つ、小学校が1つ、病院が1つあるらしい。

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今や浮島は観光地化しており、編み物で作られた帽子やラグが売られていた。今回は、一般家庭と雑貨店と首都機能を果たしている2つの人口浮島を訪れることができた。首都機能を果たす浮島では1ペルーソレス(約41円)を支払えば、パスポートに記念スタンプ(浮島訪問記念)を押してくれる。

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次に40に及ぶ島のうちの一つ、Taquile島へ。ここでハイキングを行い、頂上で昼食をとった。チチカカ湖で取れるマス(トラウト)のバター焼きが予想以上に美味しかった(値段はスープを含め20ペルーソレス、約820円)。

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そしてチチカカ湖が一望できる半島へ。そこで宿泊しつつ、現地の人と触れ合った。コミュニケーションはスペイン語かアイマラ語でしか通じなく、辞書や配布された資料を片手にルームをシェアする私を含め3人で悪戦苦闘しながら行った。食事の基本はベジテリアンだった。

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ここでの活動としては農村のため、農作業の手伝いを行った(雑草取りと羊の放牧)。それにしてもゆったりと時間が流れるのはなんでだろう。

lamb

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明日(2014年12月27日)は、クスコに向けて出発。7時間に渡るバスでの移動になる予定だ。