2015年2月8日

【R#55】身体と心(4)〜ポリヴェーガル理論(1)

今回は、RolfingのトレーニングのPhase IIで出てきたPolyvagal Theory(ポリヴェーガル理論)について取り上げたい。身体と心を考える際に、Tonic Function(【RolfingコラムVol.42】【RolfingコラムVol.43】参照)と並んで興味深い考え方を提供するためである。

本コラムで以前、Peter Levineの本を取り上げた。その本によると、動物は敵に遭遇するときに、闘う(Fight)又は逃走(flight)の2つの手段を取るが、その2つを取ることができない場合に、凍りつく(Freeze)という第三の手段の方法をとることが知られている(【RolfingコラムVol.35】参照)。そこでは、人間によってライフル銃で打たれたクマが、そのショックによって生じたエネルギーを解放する凍りつく映像(MUST SEE: How to Discharge Trauma: Trauma Release Seen For the First Time –)が公開されていることも紹介した。

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実は、自律神経の交感神経が Fight/Flightに関わっている。人の身体には、「自分の意思で動かすことが可能である」体性神経と「自分の意思ではコントロールが不可能である自律神経からなる。そして自律神経には、2つの拮抗する神経系がある。運動している時に優位になる交感神経系とその反対の働きをし、安静時に優位になる副交感神経系である。

第三の手段であるFreezeと関わるのが、迷走神経(Vagus)だ。迷走神経は、脳から腹部まで到達する唯一の神経で頭から出ており、胃腸管、気管支、心臓と内臓の働きに関わっている。凍りつくに関わっているのは、迷走神経の中で、ミエリン鞘のない神経で脊椎動物や爬虫類の時代から発達した古い迷走神経とも言われている。

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実は、人間を含む哺乳類には別の種類の迷走神経を発達させたとイリノイ大学のStephen Porges教授はいう。哺乳類は、ミエリン鞘*のある迷走神経(新しい迷走神経)だ。これは顔面表情と発声をコントロールする頭蓋の神経につながるように発達していった。Porges教授は、このように迷走神経(Vagus)が複数(2つ:「古い迷走神経」と「新しい迷走神経」)あるということからポリヴェーガル(Poly=多数、Vagal=迷走神経)理論という名前でその考えを呼んだ。

哺乳類は(爬虫類とは違い)子供を産む際に乳を飲ませる必要がある。そこで新たにコミュニケーション手段を発達させる必要性が出てきた。例えば、表情を顔面に出すこと、泣くこと、発声、又は口から吸うこと。特に顔面を表情で表現することで人間関係の距離感を近づける一助となった。そしてそれは社会との距離の取り方(社会性)にもつながっていく。

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その顔面の表現が新しい迷走神経を発達させたという。その結果として、顔面に集中する新しい迷走神経の働きによ心理的に距離を近づいていいという合図を発達させてきた。こうして人は、他人に近づく際には、顔や発声、他人からの合図によって判断するようになった。

Porges教授によると、3つの神経系、すなわち新しい迷走神経(心理的距離や社会性に関与)、交感神経(Fight/Flightに関与)、古い迷走神経(Freezeに関与)は階層構造をとるとのこと。すなわち、新しい迷走神経が下位の2つ(交感神経、古い迷走神経)を抑制。そして、交感神経は古い迷走神経を抑制する。上位に上がれば上がるほど安心感が増すので、人間は一番最上位の新しい迷走神経を使おうとする。

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裏を返せば、出来事が起き安全を感じた場合には、新しい迷走神経が働くが、危機的な状況が訪れると次の交感神経が働き、Fight/Flightが作動する。最終的に生命において危機的な状況が訪れると最終的に古い迷走神経が働き、Freezeという行動へと出る。

興味深いのは、ストレスを感じた時に人間は無意識的に顔面の筋肉を使い始めること。それは、飲食、音楽を聴く、人と話すこと等の行動として現れる。これは全て顔面の筋肉を働きかけを通じて、新しい迷走神経を優位にするための行動と考えてもいい。Porges教授は、ヨガのPranayama(呼吸法)のように呼吸を深くすることで、顔面の筋肉を使うことにつながり、それが同じように新しい迷走神経を優位にするための行動という。

自閉症、トラウマ、うつ、精神分裂病を有する患者は、いわば新しい迷走神経が働いていない状態になっていると考えると、如何にして社会性に関わるような神経系を優位にするかというのが課題になるとPorges教授はいう。次回はこの視点からポリヴェーガル理論について触れたい。

*参考:

ミエリン鞘の有無は神経細胞の情報伝達に大きな影響を及ぼす。ミエリン鞘がある場合には、跳躍伝導と呼ばれ速やかに神経の情報伝達が行われるのに対して、ミエリン鞘がない場合には神経の情報伝達が遅い。