2015年5月23日

【R#97】エサレン研究所(1)〜心理学とボディワーク

世界一周へ旅発つ前に、田口ランディ氏の「仏教のコスモロジーを探して」という本に出会った。この本は、7人の僧侶及び研究者を中心に現代の仏教について考えるという対談だった。その中で、最も強烈な印象を残したのが吉福伸逸(よしふくしんいち)氏との話。残念なことに、この対談の直後にお亡くなりになってしまう。

田口ランディ

世界一周から帰国後に、吉福伸逸氏の本は是非とも読んでみたいと考えていったところ、神保町の書泉グランデという書店で2冊の本に出会う。1960年代、エブラハム・マズローが中心となって発展した、トランスパーソナル心理学の歴史について語った「トランスパーソナル・セラピー入門」と吉福伸逸氏のお弟子さんが中心となって思想をまとめた「吉福伸逸の言葉」の2冊。

吉福伸逸2

吉福伸逸1

書き始めてみると、意外と長くなりそうなので、何回かに分けて吉福氏の考え方について触れたい。今回は、主にエサレン研究所とその周囲の環境について書きたいと思う。

まず簡単に吉福伸逸氏の履歴を紹介する。

プロのジャズ・ベーシストとしてアメリカのバークレー音楽院で勉強した後、一旦挫折。2年間中南米を放浪。アメリカに戻ってきてから東洋哲学とサンスクリット後を学ぶ。3年半かけてサンスクリット語を完全にマスター。サンスクリット語を学んでいた3年半の間に、瞑想している人やセラピーのワークショップに参加している人が多数いた縁で、エサレン研究所(Esalen Institute)へ向かうことになる。

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エサレン研究所は、ロルフィングを開発したアイダ・ロルフがロルフィングの手技を教えていた場所として有名。エサレン研究所にアイダ・ロルフを招聘したのが、ゲシュタルト心理学者でNLPを開発するにあたってモデルだった一人、フリッツ・パールスであることは【RolfingコラムVol.79】に書いた。そして、NLP関連でいえば、もう一人のモデル、バージニア・サティアもエサレンに滞在した経験があり、のちに述べるチェコの臨床家スタニスラフ・グロフを招聘するのに貢献した。

そう考えると、NLPやロルフィングを考える際には、エサレン研究所や当時その時代、どういった影響があったのか?知ることが大切にように思えてくる。

エサレンでは、Human Potential Movement(人間の潜在性開発運動)の拠点として様々な実験的なワークショップが行われ、チベット密教、東洋的修行法、ヴィパッサナー、スーフィズムが取り入れられ、ゲシュタルト心理学、トランスパーソナル心理学もここを発祥とする。中でも、禅は、東洋で知られている様々な修業体系の中で一番早く、アメリカで市民権を得て、様々なアメリカの知識人、例えばスティーブ・ジョブスにも大きな影響を与えている。

60年代は、麻薬(LSD、マリファナ、ヘロイン)により、ジャニス・ジョプリン、ジミー・ヘンドリックス、ジム・モリソンなどのミュージシャンが命を落としているが、心理学に対しては、必ずしも悪い影響を与えているわけではない。例えば、チェコ人のスタニスラフ・グロフは、スイスの製薬会社のサンドで作られたLSDを1960年代アメリカで使用禁止になるまで、精神病に対して3,000症例あまりの使用した経験がある。彼が、エサレンに移ってからは、ロルフィングやゲシュタルト心理学に接することでマズローと共に自己を越えた何ものかに統合されると考え、そのための精神統合の手法を確立していき、トランスパーソナル心理学へと至ることになる。

エサレン研究所は、San Fransiscoから200km離れたBig Surという町にあるが、エサレンという名前は、アメリカ・インディアンの部族の名前に由来。エサレン研究所のそばにその聖地があるためだ。

このような様々な思想背景の中でNLPやロルフィングという技術や方法が熟成され、現在に至ると思うと、非常に興味深い。

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吉福氏は、アメリカを含め10年間滞在後、1974年に帰国。翻訳家として、ケン・ウィルバー、フリッショフ・カプラやスタニスラフ・グロフの本をいち早く紹介。アメリカでのカウンター・カルチャーの現状について紹介していく。その結果として、1980年代に日本において心理療法、ボディワーク、スピリチュアリティ、エコロジー、ホリスティック医療などのような分野の第一人者として活躍している人たちに多大な影響を及ぼすことになる。今年亡くなるまで一線でご活躍された。

今回は、主にエサレン研究所について書いたが、次回は吉福伸逸氏のセラピストについての考え方(非常に興味深いので)について紹介したい。