2017年9月13日

【B#63】コミュニケーションと対話〜複数の役割を演じる能力

私が企業に勤めていた頃、一番驚いたのは、

「コミュニケーション能力」

が求められていたことだった。

成果を求められていた研究者の時代とは違い、人との共同作業がより一層必要とされる。その興味を持った経緯、なぜ必要なのか?については「コミュニケーション能力って何?〜なぜ興味を持ったか?」に書いた。

今回、コミュニケーション能力について、最近出会った本を中心に3冊紹介したい。

1冊目は、中原淳氏の「フィードバック入門〜耳の痛いことを伝えて部下と職場を立て直す技術」。

本書では、昔はコミュニケーション能力が必要とされなかったことの背景に関してわかりやすく述べている。

キーワードは、上司・部下の関係を「長期雇用」「年功序列」「タイトな職場関係」の3つの要素に分けたこと。そのことで、コミュニケーション能力がそれほどなくても部下が勝手に育つ可能性が高いことを指摘している。

具体的に書くと、

1点目は「長期雇用」。人が大きく育つためには「成功体験」ではなく「失敗体験」。長期雇用の場合には、短期的な結果に左右されないので、若い社員は失敗を恐れずに何度でも学ぶ機会が与えられる。

2点目は「年功序列」。ある程度先が読めるために、どのような能力が求められるかどうか、正しい方向で努力ができる。

3点目は「タイトな職場関係」。上司が部下と一緒に長い間過ごすので、どのように仕事をするのか?観察ができ、コミュニケーションをとることができる。

しかしながら、バブル経済が崩壊。

組織がフラット化によって、中間管理職が準備されないままにマネージャーとして突然昇進するようになる。そもそもマネージャーは、社内調整、人間関係のトラブルといった「白黒つけられない難しい問題」に直面。それらはやはり経験を積まないとできないこと。そのような能力を求められている上、若い人のマネージャーへの抜擢も見られるようになってきた。

私は、そもそも企業に勤めたのが非常に遅く、年下の上司と一緒に仕事をしたこともあるので、こういった経験があり、コミュニケーションの難しさを実感していた。

では、マネージャーというのはどういう仕事なのか?

本書では、

「他者を通じて」+「物事を成し遂げる」

能力のことと、単純明快に説明している。現在は、グローバル化社会。価値観の異なる職種の人たちとの仕事が求められているため、益々、コミュニケーションが大事になっていく。

では、そのコミュニケーション能力とは何か?

演劇家の平田オリザさんの「わかりあえないことから〜コミュニケーション能力とは何か」には、「会話(conversation)」と「対話(dialogue)」の2つに分けている。

同書でのそれぞれの定義は、

「会話」=「価値観や生活習慣なども近い親しいもの同士のおしゃべり」

「対話」=「あまり親しくない人同士の価値観や情報の交換。あるいは親しい人同士でも価値観が異なる時に起こるその摺(す)り合わせなど」

となる。

興味深いのは、演劇というのは「対話」の能力が求められるというところ。

考えてみれば、作家のストーリーを俳優を通じて観客に伝えるのが演劇であり、観客は価値観が異なる人たちで構成されるからだ。

例えば、舞台上に家族の四人(両親、娘、息子)が親しいもの同士の「会話」を交わしていたとする。いくらこのような情報のやり取りがあったとしても、観客には肝心な情報が伝わらない。いちいち登場人物の説明をやり取りの中に登場することがないからだ。そのため、こういった場面に他者を登場させ「対話」を図ることで、家族がどのような会話を交わしているのか、理解できるようになる。

日本社会はほぼ均質の価値観、生活習慣を持った集まりのため「対話」の意識が薄いし、十分に社会を維持させる文化を持っている。

一方で、ヨーロッパは異なる宗教・価値観、陸続きということもあり、きちんと自分の価値観を相手に伝える他者の言葉、すなわち「対話」の能力が必要とされる。

例えば、ヨーロッパで、ロルフィングのトレーニングを学ぶことができたが、言語や文化の異なる社会の出身の人たちが集まっているため、

「対話」を通じて「本当に伝わったのか?」

という視点を重視。

ロルフィングの先生は確認しながら授業が進むのが非常に印象的だった。

厄介なことに、「対話」能力というのは自然と身につくものではない。教育と他者(社会システム)との交流が必要とされるからだ。

そして、さらにそれを深掘りし、日本の少子化・人口減少社会とコミュニケーションについて扱った「下り坂をそろそろ下る」も面白い。

四国には大きな橋が3つかかることによって、本州の他県からの人たちが流入していった。そこで、四国の人たちは、他県とのコミュニケーションを磨く必要性に迫られる。本書では、具体的な事例を上げつつ、異なる価値観や文化的な背景を持つ人々に自己主張し、多様性を受け入れる「対話力」。

その上で、地域社会では人口減となるため、老若男女問わず一人が複数の役割を担うことが必要となる。というのは高度経済成長時代とは違い、高校・大学で得た知識のみで、その後40年生きていくことができないからだ。

そこで、必要な学びを自分で見つけていけるような能力が求められ(仕事が人工知能に置き換わる可能性もあるわけだし)、自分の中で複数の役割を演じられるようなことが求められるのでしょう。

日本では、転職を繰り返す人材というのは、社会への適応能力がないと烙印を押される可能性があるが、世界一周や外資系企業の経験を通じて感じたことは、転職を前提に動き、時には休み、柔軟性を持った姿だった。

そう考えると、今後のコミュニケーションに求められるのは、「対話」と自分の中で複数の役割を果たしていくという二つの能力が求められるのかもしれない。

又、コミュニケーションについては別途取り上げたい。