2017年10月12日

【B#68】アートと経済(2)〜「使用価値」と「交換価値」の違いと値段のつけ方

今年(2017年)2回アートをテーマとした本を紹介した(「アートの本を通じて〜観察力をどのようにして磨くのか?」や「アートと経済(1)〜企業にとってなぜ観察力や美意識は大事なのか?」参照)。

今回紹介したいのは、アートと経済について。

「美術品がなぜあのような価格で取引されているのか?」

について日頃から興味を持っているが、それに答えてくれるような本に出会うことができた。

何故興味を持っているかというと、

コストがそれほどかからない美術品が、市場に出ることで徐々の価格が上がっていくのは不思議に思えるのと、ひょっとしたら個人事業主としてコンテンツを作る際に、アート作品と経済から何か学ぶことができるのではないか?という期待からだ。

今回紹介するのは、銀座で東京画廊のオーナーを務められた山本豊津さん(以下山本さん)による「アートは資本主義の行方を予言する」。

画廊のオーナーによる経済的な観点からのアートについて語っているが、

「なぜ、アートは数万円で売買されていたものが、あっという間に何十億円にもなりうるのか?」

という素朴な疑問に対して「使用価値」と「交換価値」の違いから簡潔に述べている。

本書から引用すると、

・「使用価値」と「交換価値」の乖離が、資本主義社会の一つの特徴。絵画というのは、日常の有用性、「使用価値」が低いが故に「交換価値」が上がるという、資本主義社会の価格と価値のパラドックスを象徴するもの。

・一切有用性を顧みず、アーティストが自分の好きなように絵画を一枚描いた場合、それは有用性、「使用価値」こそ低いですが、希少性は高い。すると需要があればそれが100万円、1000万円、1億円と値が上がっていく可能性がある。

・有用性の低いもの「使用価値」の低いものこそ、「交換価値」が高くなる(→「使用価値」から「交換価値」への飛躍)

例として、1万円札の例を挙げる。

1万円札の原価は紙代、印刷代、人件費を含めても22円。22円のものを1万円の価値として扱っている。誰もがこれに対して疑問を持っていない。つまり、これこそ山本さんは、使用価値の転換と飛躍という。

そして、

「資本主義経済そのものが、価値の転換と飛躍から成り立つ」

と述べた上で、

「アートの世界で、どのようにしたら価値が高まるのか?」

に対しては

・原価ゼロのものであっても、人が見向きもしないようなガラクタであっても、何かしらのコンセプトのもとで再編成する。そこに新しい価値を生む。その価値転換を実現するのがアーティストであり、芸術的、創造的な行為なわけです。

・しかも、それが単に自己満足に終わるのではなく、人に共感や影響を与え価値を共有することができる。その証明が、お金を出して買ってくれる人がいる、つまり価格がつくということなのです。

最終的な結論として、

「アーティストは自分の主観的な価値判断から作品を創造するが、同時にその作品が他人からどう見られるのか、どのようなメッセージ性があり、それをいかに伝えるか、という客観性も必要。そして、芸術の流れと文脈の中で自分や自分の作品をどういう位置にあるのかという客観性も必要です。主観の世界と客観の世界がせめぎあって、初めて作品としても商品としても価値のある芸術が生まれる」

という考えを紹介している。

実は、モダンアートの市場で億単位の作品を手がけている村上隆氏も同じようなことを言っている。

村上隆氏による「芸術起業論」では、

・欧米の芸術の世界は、確固たる不文律(=「作品を通じて世界芸術史での文脈を作ること」)が存在しており、ガチガチに整備されております。そのルールに沿わない作品は「評価対象外」となり、芸術とは受け止められません。

・勉強や訓練や分析や実行や検証を重ねてゆき、ルールを踏まえた他人との競争の中で最高の芸を見せていくのが、アーティストという存在なのです。

と述べている。

興味深いのは、アートというのは国家戦略につながっていること。

前回「資本主義と経済格差(2)〜現状分析と「公益資本主義」」で紹介した水野和夫氏のヨーロッパにおける「蒐集」という考え方をもと、先進国は自分の国の価値を高めるために、アートの作品を蒐集しているということ。

例えば、

・自分の国の美術品の価値を高め、それを世界に示すことで、文化的な優位性や自信、そして美のスタンダードを握ろういうのは、欧米諸国や中国などの目指すところであり悲願なのです。

・軍事力で領土を抑えるだけでは不十分、経済力で上回るだけでも足りない。最後は文化の力が必要だということを。

・だからこそ、自国の芸術、美術の価値を高めようとするのです。資本主義の元ではすべての価値は価格に置き換えられます。そういうわけで、自国の美術品の価格を高くしようとしのぎを削るのです。大衆社会においては金額に過ぐる表現はありません。

表現についても、興味深いことが書かれている。

・なぜ芸術家は自由に創作活動ができるのか、という問題です。あらゆる価値体系を見つめ、問い直し、自分なりの感覚と価値判断で創作を行うことができるのはなぜか。彼らに特別な才能があるからでしょうか?そう断じるのは簡単ですが、それだけでは今ひとつ腑に落ちません。私からすれば、作っていたものに「有用性がない」=「使用価値がない」からこそ自由に創作ができる。あえてそう言い換えて見たいと思います。

今回紹介できないが、山本さんは経済学者の水野和夫氏と「コレクションと資本主義」で対談している。

もし、ご興味があったらぜひ手にとっていただきたい。同書では、アートと経済の歴史をルネサンスから語っており、抽象画やモダンアートが如何に資本主義と密接に関わって発展していったのか?を知る好著だ。