2017年11月22日

【B#76】身体を使ってどのように人間は決断するか?〜西洋医学と身体知性

身体と心について書かれている本はたくさんあるが、

「身体を整えると心が整う」

その結果として

「人生の決断」

に大きな影響を及ぼすという視点で書かれた本にはなかなか出会えなかった。

Depression, teen depression, pain, suffering, tunnel

2017年11月に入り、医師の佐藤友亮さんによって書かれた「身体知性:医師が見つけた身体と感情の深いつながり」(以下本書)では、身体と感情と関係について、医師の立場からの重要性について語っているが、上記のヒントとなることも書かれており、面白いと思ったので紹介したい。

西洋医学というのは、どういった特徴があるのか?「わかっていること」と「言葉の厳密化」という二つのキーワードでもって説明している。

「西洋医学は、分析を通じて「わかったこと」「わからないこと」を明確に分けます。そして西洋医学は、「わかったこと」が何なのかを曖昧にさせないために、使用する言葉の定義を厳密にします。又安易な推論によって断定することを避ける傾向があり、言葉の選び方が慎重です。西洋医学が持つ、語義と言葉選びへの厳しい態度は、西洋医学の言葉遣いと、患者(非医療者)の生活する一般社会の言葉遣いとの間に、見えない壁を作っています

歴史的には、中世。アリストテレスによる自然哲学が優勢だった時代だった。

要は自然を説明するときに

「論理としての美しさ」=「アリストテレスの論理学」

に沿って説明されているかどうか、によって価値の重きを置いている時代。

それが、コペルニクスやガリレオ等による科学的思考と、ルネ・デカルトの登場により、時代は科学中心の現代へと進んでいく。

自然現象を数学的に説明することで、真実への近づいていくという考えが優勢になる。そのことについては以前、本コラムで触れた(「西洋哲学における「主観」「客観」の意味とその関係」参照)。

実は(本書でも取り上げられているが)、ミシェル・フーコーの「臨床医学の誕生」には、言語優位の身体理解が生まれた背景について書いている。

アリストテレスの時代の医学は、「死」について原因について説明することができなかったが、科学的な思考が入って来ることで、

「病気」を解剖学的な空間(身体)を対象に、特有の解釈(科学的分析を徹底的に追求する眼差し)によって言葉にする(理解する、伝える)ことができるように

なっていったという。

ただし弊害も出てくる。

医学が解明できればできるほど知識が増え、思考よりも知識の量が問われるようになってきたからだ。

だた、医学は、知識が増えたからって問題が解決するわけではない。

医療の現場では、不測の事態になるケースの方が多いからだ。

そこで求められるのが、医師の「経験」。

「経験」というのはなかなか言語化が難しいが、本書では、身体が関わる(本書では身体感覚的判断)と述べている。

そして、

人間が身体経由で入手する情報(個人の経験も含む)は、「感情」を形成し、感情の働きによって判断が下されること

も大事。

「知識」「科学的思考」

と総合的に合わさることで、人間に合理的な判断を下すことが可能になっていく。

科学的な思考であれば、入力された情報が同じであれば、毎回同じ判断が下される。

一方で奇妙なことだが、身体と感情による判断は、入力される情報が同じでも、入力を受ける人間(医師)が違うと判断が異なる可能性がある

例えば、身体が「疲れ」や「イライラ」又は「多忙」によってストレスがかかると適切な判断ができなくなる、等。

そう考えると、人間というのは判断する際には、身体と切っても切れない関係ということがよくわかる。

それを裏付けるかのような科学的な仮説があると本書では述べている。

神経生理学者のアントニオ・ダマシオ(以下ダマシオ)のソマティック・マーカー仮説だ(ダマシオはその詳細を「デカルトの誤り」にまとめた)。

ダマシオは、「脳とは何か」「感情とは何か」という大きな問いに対して

「それは人間が合理的な行動を行うために、身体と不可分な関係で機能するもの」

ということを、患者の観察や実験的根拠をもとに提唱した。

興味深いのは、「情動」と「感情」というキーワードで経験を使った判断能力を記載したこと。

ダマシオがいう

「情動」とは

「身体の感覚受容器がキャッチした情報」をきっかけとして、体内で実行される様々な行動」

のことを指す。

情報とは、顔の表情、姿勢、内臓や内部の変化(心拍数や呼吸数の変化、発汗等、自律神経系からのもの)であり、怒り、恐れ、悲しみという形で現れる。

一方で、

「感情」とは

情動が働いているときに心や身体で起こることについての複合的な知覚のこと

情動に想起されたイメージでもあるので、一人一人固有の感覚となる。感情は、身体が受け入れた情報(情動)を経験した本人の中で優先順位づけし、人間の合理的な判断に影響を与えることになる。

ダマシオは、患者を観察したところ、脳の前頭葉の特定部位を損傷すると、情動・感情が平坦になる(=情動・感情の障害が起きる)ことを突き止める。

そして、社会生活において特別な問題を持っていなかった人が、生活を管理する能力が極端に妨げられてしまい、結末を完全に見通すことができない事柄(例えば、新しいビジネスを始める、仕事を始める、結婚をするかどうかを決断する)に対して、適切な判断を行う能力が損なわれてしまう。大抵、その患者は、結婚生活の破綻、親子関係が歪み、そして、職を失う結末となる。

ダマシオはこの考えを「ソマティック・マーカー仮説(以下SoM仮説)」と呼び、

「身体」=「ソマティック」による情動と感情が「目印」となって、人間の決断をサポートする

という仮説を提唱していった。

すなわち、

身体が整い情報が入って来やすい状態になることで、情動・感情を適切に形成されることで、合理的な判断ができるようになっていく

ことになる。

この考えと出会った時にふと思ったことがある。ロルフィングで10回を終えた方は、身体を整うことで、重大な決断を下す方が多い。

これって、ひょっとしたら、SoM仮説で説明できるのではないかと。

科学的な思考の必要とする時代、こういった身体感覚が重要だというのを知るというのは、本当に面白いし、医師のみならず、経営者、社会人にとっても、SoM仮説は、知っておいてもいい考え方のように感じた。

本書では、他にも色々と身体と知性について書いてあったが、今回はスペース上割愛したい。

「身体を整えると心が整う」

その結果として

「人生の決断」

へとつながること。

今後とも、ロルフィングを通じて私自身それを伝えられればと思っている。